( ФωФ)眠る女と濡れる猫のようです


332以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2010/05/05(水) 23:01:21 ID:qX/NaU4.0
この世で美しいものをいくつか挙げるとするなら、うら若き乙女の寝顔は確実にそれに含まれるだろう。
穢れなどどこ吹く風、と言った風情で小気味よく刻まれる寝息などはもはや芸術の域に達しているとも言える。
だがしかし、時には例外もあるのではないかと吾輩は考えなくもない。

lw´3 _3ノv「ZZZ……」



( ФωФ)(なんでメガネ取られたみたいになってるんだろう……)

真昼から堂々と惰眠をむさぼっている主を眺めながら、吾輩は頭を掻いた。
今どき漫画でも見ないような『3の』目はもちろんのこと、口元に滴るよだれなんかもかなりの酷さだ。
寝相のみが良いのが逆に歪に感じるほどの有様である。

季節はすっかり夏で、冷房も無いものだから主の額には薄っすら汗が滲んでいる。
耳を澄ませば、ミンミン煩い蝉の鳴き声が、窓を通して吾輩の鼓膜を叩く。
ああ、すっかり夏なんだなあと大きく欠伸をした。

夏の訪れ。

それはすなわち、吾輩が主と暮らしを共にしてから一年が経ったということを指している。
一年、感慨に浸るのも悪くは無いなと考えたときのことだった。

(;ФωФ)「ん……あれ……」

突然の眩暈。不意に視界が蕩けていくのを感じた。
なんだか神経全てがもやがかったような気分になり、どうと畳に倒れ伏せる。
今日の天気は晴天で、今は室内にいるはずなのに、あの日の雨が身を濡らすような感覚に吾輩は包まれていった。


( ФωФ)眠る女と濡れる猫のようです

333以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2010/05/05(水) 23:02:14 ID:qX/NaU4.0


――雨が、降り出していた。
始めのうちはごくまばらに、時間が経つに連れ徐々に強く。
最初の滴がアスファルトを叩いて十分も経つ頃には、土砂降りになっていた。

(;)ФωФ)「むう……困ったであるな」

一年前の吾輩の状況というのは、もはや悲惨の一言に尽きる。
食べ物に飢え、やせ細った体は干物の如き有様。
ゴミ箱を漁る気力も残っておらず、力を使わぬようなるべく動かないことを心がけていた。

そこに来てこの雨である。
この世に生を受けて数年、のらねこ道を邁進してきた我が命もここで尽きるのかと覚悟を決めたときだった。

lw´‐ _‐ノv「お、どうしたお前」

ふと自らに降り注ぐ雨粒が止まったのを感じ顔を上げると、そこに一人の女性がいた。
目の上で乱雑に切り揃えられた髪の束を揺らしながら、吾輩の方を見ている。
年の頃は二十歳といったところか、彼女の差している傘が吾輩も覆っている。

334以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2010/05/05(水) 23:03:06 ID:qX/NaU4.0
(;)ФωФ)「うるさい……静かに死なせてくれ……」

息も絶え絶えに吾輩はみゃあみゃあ呻く。
ハードボイルドなのらねこ道を突っ走ってきた吾輩には孤独な死が相応しい。
そんな一種のナルシシズムに浸る吾輩を、彼女はひょいと抱き上げた。

lw´‐ _‐ノv「荒巻先生の病院このへんだったよな」

(;)ФωФ)「おい、何やってる」

離せ離せと身をよじるが、人間の腕を振り払うほどの力はもうない。
なるようになれとなげやりな感情を抱きながら、吾輩は抵抗をやめた。

結局その後、老人の営む病院に連れて行かれた吾輩は、運悪くあるいは運良く生き延びた。
思ったよりも危機的状況だったらしく、吾輩の体が他の猫より丈夫であることを知った。

全快した吾輩の心は澄み渡っていた。
若干の汚点は出来たもののまだまだやり直しはきく。
これからまたのらねこ道を邁進せんと誓う吾輩を、彼女はまたもや抱き上げた。

335以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2010/05/05(水) 23:04:02 ID:qX/NaU4.0
lw´‐ _‐ノv「さ、おうちに帰ろう」

今にして思えば治療費もろもろの世話をしてもらっておきながら身勝手だと思わなくもない。
だがこの一言は当時の吾輩にはとてつもなく驚くべきものだった。
孤高ののらねことして過ごしてきた吾輩が、家猫になる。
飼い主の持つ猫じゃらしに飛びつき、乾燥した固形の飯を食う。

(;ФωФ)「そんなの嫌である!野良に、野良に戻るのである!」

lw´‐ _‐ノv「はっは、そんなに嬉しいのか」

力の限り暴れる吾輩を、彼女はいとも簡単に押さえつける。
のらねこの、というよりは雄としての誇りを傷付けられながら、吾輩は思った。
ああでも猫缶は一回食べてみたいな、と。

そんなこんなで吾輩と主の暮らしが始まった。
学生であるらしい主の帰りを待つのが、一日のほとんどと言って良い。
たまに猫缶を食べ、たまにおもちゃで遊び、しかしほとんどは寝て過ごす。

狭苦しい六畳一間には、いつの間にかテンプレ的と言って良いほどの家猫と化している吾輩がいた。
いつも開け放たれている窓から脱出を図ったことは、今までただの一度もない。

336以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2010/05/05(水) 23:05:05 ID:qX/NaU4.0


(;ФωФ)「む……眠っていたか」

目を覚ますと、あの奇妙な感覚は消え失せていた。
まるで狐につままれたような気分になりながら、吾輩は体を起こす。
寝ていたといっても時間は大して経っていないようで、眼前では主がすやすや寝息をたてている。

主と出会ったときのこと。吾輩が見たのは夢か、幻か。

もしかしたらそのどちらとも違うのかも知れなかった。
ただ思い出すのとはまた違う、もう一度それを体感したような感覚。
汗、あるいは雨粒を振り払うように、吾輩は体をふるふると揺さぶった。

主は相変わらずのまぬけ面をぶら下げながら、ごろりと寝がえりをうつ。
その阿呆臭い様が、何故だか吾輩を安心させる。

( ФωФ)「普通にしていればべっぴんなのだがなあ」

前足で頬を突いてやると、むうと唸る。
その様がおかしくてしばらく続けたが、起きる様子は無かった。

主と遊ぶことに飽きた吾輩は、もう一度寝ることにした。
先ほどまでの遊び道具と添うように、ピッタリと。

337以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします:2010/05/05(水) 23:05:57 ID:qX/NaU4.0

主の背中で目を閉じた吾輩に、チリンと涼しげな音が響いた。
薄眼をめんどくさそうに開け、音の所在を探る。
チリンチリンと音は続く。これは夏の音だ。

風鈴というものだったな、と吾輩は思い出した。
そういえば、吾輩がここに来た時も鳴っていた。

lw´‐ _‐ノv「おー……ろまおはよう」

吾輩のいたずらでも起きなかった主が、眠たそうに声を出す。
何故こんな繊細な音で起きるんだと思ったが、何故だかそれが必然のような気もする。

主は台所で水を飲み、また吾輩のいた場所に帰ってきた。
吾輩が座り込んだ主の膝に乗る。また風鈴が鳴った。

lw´‐ _‐ノv「夏だねえ」

主の呟きに、吾輩がにゃあと同調した。
主は満足そうに元々細い目を更に細めると、ギュウと吾輩を抱きしめる。
暑苦しいが、悪い気はしない。
やあやあなんとも良い家猫だね、と昔の吾輩が笑ったような気もする。

だが、こんな暮らしも悪くない。強がりなどではなく素直にそう思う。
きっと吾輩はこれからもたまに猫缶を食べ、良く昼寝をし、そして愛する人と過ごすのだろう。

風鈴の音と、吾輩の掠れた鳴き声が、昼下がりの青空にどこまでも突き抜けていった。


おしまい


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